--【オイラの!】 2chネラーなりに一生懸命調べた南京事件【完全否定論】--


※本HPはFire Foxでの閲覧を推奨します。




【オイラの!完全否定論】の更新状況

 【2017年06月30日】・・・・ 【第54項】を改訂して再アップ完了 
 【2017年06月21日】・・・・ 【第53項】を改訂して再アップ完了 
 【2017年06月05日】・・・・ 【第52項】を改訂して再アップ完了 

【ゆう氏と愉快な仲間達】の更新状況

 【2017年04月20日】・・・・ 【ゆう氏編04】※ゆう氏の八つ当たり編(´;ω;`)
 【2016年10月14日】・・・・ 【ゆう氏編03】驚きのライダイハン論!(追記) 
 【2016年05月10日】・・・・ 【K-K氏編01】最強珍論ここにあり! 



※やっと本編改訂作業終わり。要するに、このHPで言いたい事とは、歴史学者達に対して
「素人のくせに勝手に国際法解釈すんな!」なのです・・・(´・ω・`)






下の写真は南京市が悲惨な状況だったとされる1937年12月20日に撮影されたものです。
(※昭和12年12月20日 林特派員撮影 同25日朝日新聞に掲載)


南京事件、1937年12月20日の南京市



東京日日新聞カメラマン佐藤振寿氏の証言

----虐殺があったといわれますが。
「見ていません。虐殺があったといわれますが十六、七日頃になると、小さい通りだけでなく、大通りにも店が出ました。また、多くの中国人が日の丸の腕章をつけて日本兵のところに集まっていましたから、とても残虐な殺しなどがあったとは信じられません。」

(※『「南京事件」の総括 田中正明著』から引用)








はじめまして。2chネラーの【オイラ】です。・・・(´・ω・`)∩

このHPでは、オイラなりに調べたいわゆる【南京事件(※南京大虐殺、南京虐殺)】をまとめています。

いわゆる【南京事件】は、関連書籍や資料・文献等の量が膨大な上、資料の中にはカタカナ表記のものがあったり、更には国際法に関する知識も必要だったりと、初心者の方々にはかなりハードルが高いテーマだと思います。

そこでオイラは、その初心者の方々にもわかりやすく、いわゆる【南京事件】【否定論】に関する根拠を解説するために、このHPを立ち上げました。

下記第01章から順に読んでみて下さい。量が多くて大変だと思いますが、全てを読み終えた時、いわゆる【南京事件】【否定論】に関するかなりの知識が身についていると思います。

このHPを切っ掛けに、いわゆる【南京事件】なるものの正体を確認して頂ければ幸いです。(※2013年9月1日)




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下の地図は【1936年の南京市(※地図クリックで拡大版)】です。参考までにどうぞ・・・(´・ω・`)

南京事件、1936年の南京市


以下の各項において、掲載している英文史料は全てオイラが訳しています。また、日本文史料は現代仮名遣いに直して引用しています。

英文史料の中には既に邦訳されてるものがあり、例えば『スマイス報告』は歴史学者洞教授により邦訳されたものがあるのですが、洞教授の意訳が多くて誤解を招きかねない表現が見受けられます。

そこでオイラは、多少日本語が歪になっても、極力原文に近い訳を掲載する事にしました。英文表記も合わせて引用していますので、各自で確認して下さい。

では、【第01章】からどうぞ・・・(´・ω・`)∩




-- ◆【第01章】 極東国際軍事裁判で認定されたいわゆる『南京事件』◆ --

本章【第01〜17項】では、【極東国際軍事裁判(※東京裁判)】で認定されたいわゆる【南京事件(※南京大虐殺、南京虐殺)】について再検証しています。

いわゆる【南京事件】が日本国民に知らされたのは、この【極東国際軍事裁判】が切っ掛けでした。

しかしながら、世間一般に周知されているいわゆる【南京事件】は、歴史学者や研究者達により作り出された【私が勝手に考え出した南京事件】ばかりで、【極東国際軍事裁判】において【何が認定されたのか?】については知らない人が多いと思います。

また、【極東国際軍事裁判】において【何が認定されたのか?】を一応は知っている人でも、そのほとんどが【第八章 南京暴虐事件】【第十章 判定】の区別ができておらず、それぞれの内容をいい加減に解釈しているのが現状です。

下記秦教授解釈をご覧下さい。【第八章 南京暴虐事件】【第十章 判定】の内容をいい加減に解釈している典型例です。



民主党オープンフォーラム(近現代史研究会、2012年3月29日)

講師: 秦 郁彦 氏
テーマ: 近現代史に学ぶこと(1) 〜南京事件を中心に

ただ、念頭に置いておかなければいけない数字は、東京裁判の判決で20万人と10万人と、二通りあるんですね。なぜ同じ裁判で二通りの数字が出てくるのかですが、20万人は最終判決、10万人は松井将軍への個人責任の論告なんです。要するに有罪を裁判官が判断するのには、10万でも20万の、どちらでも十分なんですね。ですから、あえて統一しなかったということかと思うんです。・・・(※省略)



【第八章 南京暴虐事件】【第十章 判定】の内容を丁寧に確認すれば、【・・・どちらでも十分なんですね。ですから、あえて統一しなかったということかと思うんです】の様な解釈にはなりません。

本章内で詳しく説明しますが、下記が【極東国際軍事裁判】において示されたいわゆる【南京事件に対する最終結論】です。【第十章 判定】に記載されているこの短い文章の意味を正しく理解する事がとても重要なのです。



極東国際軍事裁判所が認定した【犯罪的責任】とは【南京の不幸な市民】に対するもののみ

極東国際軍事裁判所は松井大将に対して【捕虜殺害に対する犯罪的責任】を認定しなかった



第十章 判定 松井石根

かれは自分の軍隊を統制し、南京の不幸な市民を保護する義務をもっていたとともに、その権限をももっていた。

この義務の履行を怠ったことについて、かれは犯罪的責任があると認めなければならない。

本裁判所は、被告松井を訴因第五十五について有罪、訴因第一、第二十七、第二十九、第三十一、第三十二、第三十五、第三十六及び第五十四について無罪と判定する。



本章では、今一度原点に立ち返り、【第八章 南京暴虐事件】【第十章 判定】の内容を正しく把握し、合わせて【極東国際軍事裁判】において認定されたいわゆる【南京事件】を明らかにしたいと思います。


 【第01項】・・・・ 珍説だらけの『南京事件』 
 【第02項】・・・・ 『訴因45』と『南京事件』 
 【第03項】・・・・ 『安全区』と『南京事件』 
 【第04項】・・・・ 『俘虜』と『捕虜』と『南京事件』【前編】 
 【第05項】・・・・ 『俘虜』と『捕虜』と『南京事件』【後編】 
 【第06項】・・・・ 『事実認定』と『判決』の違い 
 【第07項】・・・・ 第八章『南京暴虐事件』で認定された事【前編】 
 【第08項】・・・・ 第八章『南京暴虐事件』で認定された事【後編】 
 【第09項】・・・・ 第十章『判定』で認定された事【前編】 
 【第10項】・・・・ 第十章『判定』で認定された事【後編】 
 【第11項】・・・・ 『判決理由』が語る『南京事件』 
 【第12項】・・・・ 『極東国際軍事裁判所』が認定した≪南京事件≫ 
 【第13項】・・・・ もう一人の『南京事件』の責任者 
 【第14項】・・・・ 『南京軍事裁判』と『南京事件』 
 【第15項】・・・・ 『極東国際軍事裁判』と『南京軍事裁判』 
 【第16項】・・・・ 認定されなかった『支那敗残兵処断』の罪【前編】 
 【第17項】・・・・ 認定されなかった『支那敗残兵処断』の罪【後編】 



-- ◆【第02章】 いわゆる『南京事件』と日本政府見解◆ --

本章【第18〜21項】では、【日本政府見解】で述べられているいわゆる【南京事件(※南京大虐殺、南京虐殺)】について再検証しています。

この【日本政府見解】は、南京事件肯定派や左派イデオロギー(※特に朝日新聞や毎日新聞他)達により恣意的に解釈され、ミスリードで多様されているのが現状です。

特に、ミスリードで用いられているのが下記部分です。下記においては、【非戦闘員】の意味が非常に重要なのです。この意味を正しく理解すれば、左派イデオロギー達によるミスリードに惑わされる事はありません。



【日本政府見解】 -- 【非戦闘員の殺害】に言及しているだけで【捕虜の殺害】には全く言及が無い

【非戦闘員】 -- 【軍隊に編入せられざる人民の全体】を指す一般の用語で【捕虜】は含まれない


外務省 歴史問題Q&A
[ http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/qa/ ]

問6.『南京大虐殺』に対して、日本政府はどのように考えていますか。

1.日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。

しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。



『空襲と国際法』 田岡良一著(※国際法学者)

第二節 非戦闘員及び私有財産に関する戦争法の原則

此処に言ふ非戦闘員とは、交戦国の国民の内、交戦国の兵力を現に構成せず又武器を執って敵国の兵力に敵対せざる個人の全体を指す言葉であって、私的人民又は平和的人民等の言葉を以ても呼ばれる。

国際条約は時として非戦闘員の語を平和的人民又は私的人民と同一の意義に用ひない事がある。例へば一八九九年及び一九〇七年の海牙平和会議の採択せる「陸戦の法規慣例に関する条約」は、軍隊の一部を構成すれども戦闘を本務とせざるもの、例へば経理部員、衛生部員、法務官、野戦郵便部員の如きものを非戦闘員と名付ける(付属書、陸戦条規第三条)。

然し一般の用語としての非戦闘員は、軍隊に編入せられざる人民の全体を指すものであって、国際法の著述も右の海牙の条約に拘らず此意味に非戦闘員の語を用ふる事が多い様である。本節に言ふ非戦闘員も亦同様である。



本章では、今一度、上記の【非戦闘員】の意味を再確認し、左派イデオロギー達によるミスリードを正して、合わせて【日本政府見解】の真意をまとめたいと思います。


 【第18項】・・・・ 『南京事件』と『日本政府見解』【前編】 
 【第19項】・・・・ 『南京事件』と『日本政府見解』【後編】 
 【第20項】・・・・ 修正された『日本政府見解』 
 【第21項】・・・・ 『日中歴史共同研究』と『日本政府見解』 



-- ◆【第03章】 いわゆる『南京事件』と非戦闘員の犠牲者数◆ --

本章【第22〜33項】では、いわゆる【南京事件(※南京大虐殺、南京虐殺)】における【非戦闘員(※南京の不幸な市民)の犠牲者数(※被害者数)】について再検証しています。

この【非戦闘員の犠牲者数】については、【南京大虐殺】なるものが完全否定されている現在、何万人もの非戦闘員が殺害されたと認識している人は特定の奇人を除いて皆無の状況です。しかしながら、【人口20万人の南京市で30万人を殺せるはずはない】【事件期間中に南京市の人口はむしろ増えた】の様な【間違った認識】が一人歩きをしているのも事実です。

本章内で説明していますが、結論から言えば、【陥落時点(※1937年12月13日)の南京市人口は20万から25万人】で、いわゆる【南京事件の発生期間中(※1937年12月13日から1938年2月初めまで)】において、【南京市人口は減っていない】と解釈するのが正しいのです。



【陥落時点(※1937年12月13日)】 --- 南京市人口は【20万から25万人】(※『スマイス報告』他)


『スマイス報告』
"WAR DAMAGE IN THE NANKING AREA" December, 1937 to March, 1938. URBAN AND RURAL SURVEYS By Dr. Lewis S. C. Smythe

I. 市部調査 1. 人ロ
戦前の南京市の人口はちょうど100万であったが、爆撃の繰り返しや、後に南京攻撃が近づいたり全ての中国政府機関が立ち退いたりしたために、大幅に減少した。市の陥落当時(12月12〜13日)、人口は20万から25万であった。

I. CITY SURVEY 1. POPOLATION
The city of Nanking had before the war a population of just 1,000,000, which was considerably reducedby repeated bombings and latterly by approaching attack and the removal of all Chinese governmental organs. At the time the city fell (December 12-13), its population was between 200,000 and 250,000.



145D 南京アメリカ大使館通信 - エスピー報告
ジョンソン・M・アリソン三等書記官
報告書作成 一月十五 - 二十四日
郵送 一九三八年二月二日

U. 南京の現況 - 南京の政治および経済状況
南京には政治・経済の実体は存在していないといってもよいかと思う。事実、南京は日本軍の野営地にほかならない。市の人口、およそ一〇〇万人のうち、現在二〇 - 二五万人が残留し、そのほとんどが貧民階級の人たちである。大多数が「安全区」内の建物や臨時に設けた野営地にすし詰めとなっている。

(※『南京事件資料集 アメリカ関係資料編』から引用)




【陥落後(※1938年02月14日)】 --- 南京市人口は【25万人】(※『南京アメリカ大使館宛書簡』)


149D <イギリス領事の南京虐殺に関する報告>
JS グレイ暗号電報
発信: 上海、海軍無線局経由
受信: 一九三八年二月三日午後八時三〇分
ワシントン国務長官宛

以下はイギリス領事の一月二十九日付の報告に記された南京の状況観察の続きである。「軍中央の統制が欠けているために、軍隊の無秩序は続いている。不法行為の多くは略奪である。『浪人』(軍隊にくっついて寄生している民間人)が市内に出現しはじめた。彼らは将来、トラブルのもとになりそうな気配を示している。二五万人の中国民間人の難民の問題は、二月四日までに解消されなければならない。彼らのほとんどは行く所もないし、生活を維持する手段をもたない。・・・(※省略)」

(※『南京事件資料集 アメリカ関係資料編』から引用)



109B 南京アメリカ大使館宛書簡 - 二月十四日
南京における救済状況 一九三八年二月十四日 ベイツ

1. 難民の状況
日本当局による自宅帰宅者の登録の報告に基づけば、一月に二五万人であったのに対して、現在は一五万人が安全区に残っている。・・・(※省略)
この二五万人の人口を食べさせるためには、一日につき一六〇〇袋の米が必要である。

(※『南京事件資料集 アメリカ関係資料編』から引用)



また、【非戦闘員の犠牲】については、【国際法】の観点からも検証が必要になってきます。特に、大虐殺肯定派笠原教授の様に、【虐殺=不法殺害】と解釈している以上、【国際法】を無視する事はできません。



『南京事件』 笠原十九司著(※歴史学者)

南京大虐殺事件、略称としての南京事件は、日本の陸軍ならびに海軍が、南京攻略戦と南京占領時において、中国の軍民にたいしておこなった、戦時国際法と国際人道法に反した不法残虐行為の総体をいう。



本章内で詳しく説明しますが、【戦争】という特殊状況下においては、【非戦闘員】に対する保護は【絶対的の規則ではない】のです。加えて、条約により【戦時文民(一般住民)】の保護が制定されたのは、第二次世界大戦終了後の事なのです。



『戦争法の基本問題』
田岡良一著(※国際法学者)


併し非戦闘員の生命尊重は決して絶対的の規則ではなく、只平和的人民を殊更に目標として之に向つて直接に武器を揮ふが如き極端に非人道的なる行為のみが禁止せられるのであつて、

敵軍隊への攻撃又は敵軍事施設の破壊に付随する傍杖としての一般人民の殺傷、又は敵都市若くは敵国を降伏せしめる為の生活必需品の供給の遮断の如き手段は許されるのである。



『国際法綱要』
宮崎繁樹著(※国際法学者)


(4)文民保護条約
第二次大戦前には、戦時文民(一般住民)の保護に関する条約は存在せず、一九三四年東京で開催された第十四回赤十字国際会議で「戦時における文民保護条約」(東京草案)が作成されたにすぎなかった。

しかし、第二次大戦後、一九四九年戦争犠牲者保護四条約の一つとして「戦時における文民の保護に関する条約」(第四条約)が作成された。



本章では、今一度原点に立ち返り、当時の【資料(※史料)】に基づいた本事件の【非戦闘員の犠牲者数】をまとめ、合わせて【国際法】の観点からの考察も交えて、いわゆる【南京事件の真実】に迫りたいと思います。


 【第22項】・・・・ 『南京事件』と『南京市の人口』【前編】 
 【第23項】・・・・ 『南京事件』と『南京市の人口』【後編】 
 【第24項】・・・・ 『安全区』と『南京の不幸な市民』【前編】 
 【第25項】・・・・ 『安全区』と『南京の不幸な市民』【後編】 
 【第26項】・・・・ 『埋葬遺体数』と『南京の不幸な市民』【前編】 
 【第27項】・・・・ 『埋葬遺体数』と『南京の不幸な市民』【後編】 
 【第28項】・・・・ 『スマイス報告』と『南京大虐殺』 
 【第29項】・・・・ 『スマイス報告』の問題点【前編】 
 【第30項】・・・・ 『スマイス報告』の問題点【後編】 
 【第31項】・・・・ 『スマイス報告』が語る≪南京事件の真実≫【前編】 
 【第32項】・・・・ 『スマイス報告』が語る≪南京事件の真実≫【後編】 
 【第33項】・・・・ 『南京の不幸な市民』の犠牲者数 



-- ◆【第04章】 いわゆる『南京事件』と支那敗残兵処断◆ --

本章【第34項〜】では、いわゆる【南京事件(※南京大虐殺、南京虐殺)】における【支那敗残兵処断(※支那兵捕虜処断)】について再検証しています。

【南京大虐殺】なるものが完全否定されている現在、南京事件肯定派及び左派イデオロギー達の最後の砦がいわゆる【幕府山事件】です。本事件は、いわゆる【南京事件】の代名詞の様な扱いを受けているのです。



『南京事件 増補版』 秦郁彦著(※歴史学者)

両角連隊長の子息に当たる両角良彦氏が書いた『東方の夢』に、ナポレオンがシリア遠征時に、師団長の反対を押し切って、三千人の捕虜を虐殺した話が出てくる。空腹の捕虜たちはトリックで海岸につれ出され、海中へ逃げ出したのを銃撃で皆殺しにしたというから、状況としては瓜二つである。ともあれ、この捕虜の”反乱”が、南京アトローシティで最大級の惨事であったことに変わりはない。



本章内で詳しく説明しますが、この【支那敗残兵処断(※支那兵捕虜処断)】は、状況次第では【国際法上容認されるもの】なのです。



『戦時国際法講義(二)』
信夫淳平博士(※国際法学者)


更に俘虜の人道的取扱も、捕獲軍の作戦上の絶対必要の前には之を犠牲にするの己むを得ざる場合あることも肯定すべきである。之を適切に説明したものはハレックの左の一節であろう。日く、

『・・・俘虜を殺害することの風習は今日文明国聞に廃たるるに至ったが、権利そのものは依然として捕獲者の手に存し、絶対の必要ある場合には今日でも之を行ひ得ぬではない。・・・

自己安全は勝者の第一の法則で、 この目的のために必要の手段を執ることは交戦法則の認むる所である。ただ必要の度を超えては、何等苛酷の措置は許されない。 随って軍の執れる手段が果して絶対必要に出でしや否やは、事毎に周囲の事情を按じて之を判定すベく、軽々しくその当否を断ずべきではない。』



『国際法V』 田岡良一著(※国際法学者)

戦数を肯定する嫌いのあるドイツ学者の説の引用を避けて、ただイギリスの学者の説のみをたずねても、戦争法の権威スぺートは、その陸戦法に関する名著「陸上における交戦権」のなかに、投降者の助命が戦時の実際において行われ難く、かつその止むを得ない場合があることを論じ、

また投降を許して収容した捕虜さえも、軍の行動の必要によって皆殺するの止むをえぬ場合があることは、ローレンスが、一七九九年ナポレオン軍によるトルコ・ジャッファ守備隊四千人の皆殺の例を引いて説くところである。



本章では、いわゆる【幕府山事件】の再検証を最重要テーマとし、合わせて【歴史学者達による勝手な国際法解釈】により歪められてきたいわゆる【南京事件】をまとめたいと思います。


 【第34項】・・・・ お行儀の悪い『歴史学者』達【前編】 
 【第35項】・・・・ お行儀の悪い『歴史学者』達【後編】 
 【第36項】・・・・ 『戦数』と『軍事的必要』 
 【第37項】・・・・ 国際法学者立博士と『戦数』【前編】 
 【第38項】・・・・ 国際法学者立博士と『戦数』【後編】 
 【第39項】・・・・ 国際法学者藤田教授と『軍事的必要』 
 【第40項】・・・・ 支那敗残兵と『戦時重罪』 
 【第41項】・・・・ 『軍法会議』と『軍律審判』 
 【第42項】・・・・ 支那敗残兵と『軍律審判』【前編】 
 【第43項】・・・・ 支那敗残兵と『軍律審判』【後編】 
 【第44項】・・・・ 『幕府山事件』の概略 
 【第45項】・・・・ 『幕府山事件』と『解放説』 
 【第46項】・・・・ 『幕府山事件』と『兵士達の日記』【前編】 
 【第47項】・・・・ 『幕府山事件』と『兵士達の日記』【中編】 
 【第48項】・・・・ 『幕府山事件』と『兵士達の日記』【後編】 
 【第49項】・・・・ 『幕府山事件』と『支那兵証言者』
 【第50項】・・・・ 『幕府山事件』と『皆殺セトノコトナリ』
 【第51項】・・・・ 『幕府山事件』に至るまでの全容
 【第52項】・・・・ 『幕府山事件』における『解放説の信憑性』
 【第53項】・・・・ 『幕府山事件』に対する『法的考察』
 【第54項】・・・・ 『歩兵六六連隊戦闘詳報』と『南京事件』

※まだまだ続く・・・(´・ω・`)∩





【ゆう氏と】南京事件肯定派物語【愉快な仲間達】

このコーナー設置の切っ掛け・・・(´・ω・`)

オイラは、『南京事件』の事を調べ始めて、まだ4年半程度です。(※2013年9月1日現在)まだまだ知識量は十分とは言えず、知らない事もたくさんあります。知らなかった故に間違う事もあります。

そんなオイラの間違いを"ゆう氏"によってHPに掲載されてしまいましたw (※ゆう氏のHP【オイラ氏の「松井大将=南京無罪」論】を参照して下さい。)

そういうやり方をするのであれば、オイラの方も遠慮なく公開せさて頂く事にしました。はっきり言いまして、オイラの場合は知らなかった故の間違いですが、これからご覧頂く南京事件肯定派の方々の数々の珍論は、【読解力の無さ・理解力の低さ故の勘違い】ですw どちらが"より恥ずかしい"かは、皆さんのご判断にお任せします。

それでは、ネット上では"一応有名"な南京事件肯定派の方々(※オイラから見れば大先輩ですw)の愉快な愉快な大冒険(?)をご覧下さい。


 【ゆう氏編01】・・・・ 正規兵は "無条件" で交戦者資格があるキリッ!
 【ゆう氏編02】・・・・ 国際法議論は "後世の「後付け」の理屈" だキリッ!
 【ゆう氏編03】・・・・ ライダイハンは "売春婦" だったキリッ!
 【ゆう氏編04】・・・・ ※何故か私が八つ当たりされてしまいました(´;ω;`)
 【K-K氏編01】・・・・ 肯定派最強の珍論大魔王!

※まだまだ続く・・・(´・ω・`)∩