-- ◆【第03章】 いわゆる『南京事件』と非戦闘員の犠牲者数◆ --

--【第29項】 『スマイス報告』の問題点 【前編】--

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【スマイス報告】の序文では、【金陵大学歴史学教授M・S・ベイツ博士】が、この様な見解を述べていました。



『スマイス報告』

"WAR DAMAGE IN THE NANKING AREA" December, 1937 to March, 1938
URBAN AND RURAL SURVEYS By Dr. Lewis S. C. Smythe

序文
我々の立場は、戦争犠牲者の国籍を考慮するものではない。この報告書では、我々は、「中国人」や「日本人」と言った用語はほとんど使わずに、人々を単に農民・婦人あるいは子供と見なしている。

しかしながら、南京国際救済委員会の知る限りでは、中国側より声明が発表され、南京地区の住民の被害について日本に対して排他的且つ大げさな非難をし、同様に日本側より声明が発表され、中国側自身が放火や略奪していたのを善意から防いでやったのだと非難している。

この報告書が悪用されるのを防ぐためにも、我々は、記載されている実際の戦争被害の原因について、手短に述べておく必要があると思われる。…

M・S・ベイツ

Foreword
Our own position is humanitarian, without regard to the nationality of war victims. In this report we seldom use the terms "Chinese" and "Japanese", and consider persons simply as farmers,housewives or children.

The International Committee is aware, however, that statements have been published by Chinese, putting upon the Japanese an exclusive and exaggerated blame for the injuries to the people of the Nanking area; likewise that statements have been published by Japanese, charging the Chinese with burning and looting which they themselves benevolently checked.

In order to guard against controversial misuse of the present report, we feel it necessary to make a brief factual statement as to the causation of the injuries listed.…

M.S.BATES



上記を読むと、【スマイス報告】では【中立性】を重んじていたとも受け取れる見解です。上記を踏まえ、下記見解が続いていました。



『スマイス報告』

"WAR DAMAGE IN THE NANKING AREA" December, 1937 to March, 1938
URBAN AND RURAL SURVEYS By Dr. Lewis S. C. Smythe

序文
調査期間中の全域にわたっておこなわれた略奪の大半と、一般市民にたいする暴行は、実際のところすべて日本軍の手によっておこなわれた。そのようなやり方が正当なものであるかそうでないかについては、われわれの判定を下すところではない。…

M・S・ベイツ

Foreword
For the period covered in the surveys, most of the looting in the entire area, and practically all of the violence against civilians,was also done by the Japanese forces - whether justifiably or unjustifiably in terms of policy, is not for us to decide.…

M.S.BATES



確かに【スマイス報告(※家族調査)】を確認してみると、【兵士の暴行(=Soldiers' violence)による死傷者】のほとんどが【日本軍の南京入城(※1937年12月13日)以降】に発生している事がわかります。



南京市民犠牲者数


この【スマイス報告】が、調査全般において、本当に【中立性】を重んじて上記結果を算出したのであれば何も問題はありません。しかしながら、【兵士の暴行(=Soldiers' violence)による死傷者】については、その【調査方針に大きな問題】がありました。


下記が、【スマイス報告(※家族調査)】において用いられた【調査票】です。



スマイス報告調査票


上記の赤枠内には、この様なコメントが書かれていました。



【warfare(=戦争行為)】は軍事行動とは別の【日本軍による暴力】を表す【暗語】とした


『スマイス報告 -- APPENDIX C(※注釈)』

"Accident" was used as a code word to record effect of millitary operations; "warfare" as a code word for violence by Japanese soldiers apart from millitary operations.

『予期しなかった出来事』は、軍事行動による影響を記録するための暗語として使われた。『戦争行為』は、軍事行動とは別の日本軍による暴力を表す暗語とした。

(※【暗語】 ⇒ 特定の人どうしにだけ通じるように作り定めた暗号となる言葉 --- コトバンクより)



上記を踏まえ、あらためて【調査票】の該当箇所を確認してみました。すると、この様になっていました。



スマイス報告調査票


【調査票】の記載欄は上記のみで、それ以外はありませんでした。【死亡(=Killed)】であれ【負傷(=Wounded)】であれ、その【原因(=Cause)】として選択できるのは下記二つのみです。



【原因(=Cause)】として選択できるのは【出来事(=Accident)】【戦争行為(=warfare)】のみ


この内、【戦争行為(=warfare)】は、【日本軍による暴力】を集計していたという事ですから、こういう事になるのです。



【スマイス報告(※家族調査)】では最初から【日本軍による暴行の被害者だけ】を調査していた


であれば、調査結果を踏まえて、【実質的に全ての市民に対する暴力は日本軍によって為された】との見解になるのは当たり前なのです。



『スマイス報告』

"WAR DAMAGE IN THE NANKING AREA" December, 1937 to March, 1938
URBAN AND RURAL SURVEYS By Dr. Lewis S. C. Smythe

序文
調査期間中の全域にわたっておこなわれた略奪の大半と、一般市民にたいする暴行は、実際のところすべて日本軍の手によっておこなわれた。そのようなやり方が正当なものであるかそうでないかについては、われわれの判定を下すところではない。…

M・S・ベイツ

Foreword
For the period covered in the surveys, most of the looting in the entire area, and practically all of the violence against civilians,was also done by the Japanese forces - whether justifiably or unjustifiably in terms of policy, is not for us to decide.…

M.S.BATES



一方、【予期しなかった出来事(=Accident)】については、特に指定がありませんので、【日支両軍の軍事行動による犠牲者】を算出しているものと考えられます。



『スマイス報告 -- APPENDIX C(※注釈)』

"Accident" was used as a code word to record effect of millitary operations; "warfare" as a code word for violence by Japanese soldiers apart from millitary operations.

『予期しなかった出来事』は、軍事行動による影響を記録するための暗語として使われた。『戦争行為』は、軍事行動とは別の日本軍による暴力を表す暗語とした。

(※【暗語】 ⇒ 特定の人どうしにだけ通じるように作り定めた暗号となる言葉 --- コトバンクより)




【スマイス報告(※家族調査)】によれば、【日本軍の暴行による南京の不幸な市民の犠牲者数】【2400人】と算出されていました。



兵士の暴行による死者


--- 『スマイス報告(=家族調査)』における南京の不幸な市民の犠牲者数算出結果 ---

 原因 犠牲者数
 軍事行動による死者 (Deaths by Military operations) 850人
 兵士の暴行による死者 (Deaths by Soldiers' violence) 2400人
 原因不明の死者 (Deaths by Unknown) 150人
 拉致された者 (Taken away) 4200人
 合計 7600人


その一方で、【スマイス報告】では、上記算出結果とは別に、【埋葬からの入念な推定】により【12,000人の暴行による南京の不幸な市民の犠牲者】が発生していたとの見解が述べられていました。



『スマイス報告』

"WAR DAMAGE IN THE NANKING AREA" December, 1937 to March, 1938
URBAN AND RURAL SURVEYS By Dr. Lewis S. C. Smythe

[1]. 市内や城壁に隣接した区域の埋葬からの入念な推定では、12,000人の市民が暴行によって殺害された事を示している。このリストの中には、何万もの武器を持たないまたは武装解除された兵士達は考慮されていない。

[1]. A careful estimate from the burials in the city and in areas adjacent to the wall, indicates 12,000 civilians killed by violence. The tens of thousands of unarmed or disarmed soldiers are not considered in these lists.



という事は、【スマイス報告(※家族調査)】との間で、暴行による犠牲者数に、差が発生している事になります。この【差数】について考えてみたいと思います。



【スマイス報告(※家族調査)】で算出された日本軍の【暴行】による市民犠牲者数【2,400人】

【スマイス報告】で述べられている埋葬記録から推定された【暴行】による市民犠牲者数【12,000人】



前項でも書きましたが、【スマイス報告(※家族調査)】では、【日本軍兵士による暴力および死者の報告数が少ない】との所感が述べられていました。

その理由として、【占領軍の報復を恐れたため暴力および死者の報告数が少ない】【暴力による幼児の死亡が少なからず発生していたのに記録されていない】の二点が上げられていました。



【家族調査】での暴行による犠牲者の報告が少ない理由は【占領軍による報復を恐れたため】


【暴力による幼児の死亡】が発生していたのに記録されてない事から【明白に強調されている】


『スマイス報告』

"WAR DAMAGE IN THE NANKING AREA" December, 1937 to March, 1938
URBAN AND RURAL SURVEYS By Dr. Lewis S. C. Smythe

2. 戦闘による死傷

数値および原因
ここで報告されている数値は一般市民についてのもので、ほんの僅かな可能性ではあるが方々に散った兵士も含まれている。

本調査による報告によれば、3250人が周知の状況下による軍事行為によって殺害された事を示している。この殺害された者のうち2400人(74%)は、軍事作戦からはなれた兵士の暴行により殺害された。[1]

日本軍兵士による暴力および死者の報告数が少ないと考えている理由がある。占領軍からの報復を恐れているためだ。事実、報告数が少ない事は、暴力による幼児の死亡が少なからず発生していたのに、記録されていない事から明白に強調されている。

2. DEATHS AND INJURIES DUE TO HOSTILITIES

Number and Cause
The figures here reported are for civilians, with the very slight possibility of the inclusion of a fewscattered soldiers.

The reports made in the Survey indicate that 3,250 were killed by military action under known circumstances. Of those killed 2,400 (74 per cent) were killed by soldiers' violence apart from military operations.[1]

There is reason to expect under-reporting of deaths and violence at the hands of the Japanese soldiers, because of the fear of retaliation from the army of occupation. Indeed, under-reporting is clearly emphasized by the failure to record any violent deaths of young children, although not a few are known to have occurred.



しかしながら、これも前項で指摘しましたが、【スマイス報告(※家族調査)】を実施した【南京国際救済委員会】によると、その救済の申し込みにおいては【被害の誇張】があったとも言及しています。【占領軍の報復を恐れたため暴力および死者の報告数が少ない】とした見解と相反しているのです。下記見解だけでは、実際にどの程度報告件数が少なかったのかは分かりません。



【家族調査】では【占領軍による報復を恐れた】ため被害の報告件数が少なかったと考えられる

【救済調査】では救済のための申込みの陳述の中に【被害の誇張】の要素があったと考えられる


『スマイス報告』

"WAR DAMAGE IN THE NANKING AREA" December, 1937 to March, 1938
URBAN AND RURAL SURVEYS By Dr. Lewis S. C. Smythe

2. 戦闘による死傷

数値および原因
ここで報告されている数値は一般市民についてのもので、ほんの僅かな可能性ではあるが方々に散った兵士も含まれている。

本調査による報告によれば、3250人が周知の状況下による軍事行為によって殺害された事を示している。この殺害された者のうち2400人(74%)は、軍事作戦からはなれた兵士の暴行により殺害された。[1]

日本軍兵士による暴力および死者の報告数が少ないと考えている理由がある。占領軍からの報復を恐れているためだ。事実、報告数が少ない事は、暴力による幼児の死亡が少なからず発生していたのに、記録されていない事から明白に強調されている。

2. DEATHS AND INJURIES DUE TO HOSTILITIES

Number and Cause
The figures here reported are for civilians, with the very slight possibility of the inclusion of a fewscattered soldiers.

The reports made in the Survey indicate that 3,250 were killed by military action under known circumstances. Of those killed 2,400 (74 per cent) were killed by soldiers' violence apart from military operations.[1]

There is reason to expect under-reporting of deaths and violence at the hands of the Japanese soldiers, because of the fear of retaliation from the army of occupation. Indeed, under-reporting is clearly emphasized by the failure to record any violent deaths of young children, although not a few are known to have occurred.



『スマイス報告』

"WAR DAMAGE IN THE NANKING AREA" December, 1937 to March, 1938
URBAN AND RURAL SURVEYS By Dr. Lewis S. C. Smythe

救済委員会の復興委員会により3月中に調査された13,530の申込家族の内、拉致されたと報告された男性は、16〜50歳までの全男性のほぼ20%に相当した。これは全市人口で10,860人の男性に当たる事を意味するだろう。

救済のための申込みの陳述には誇張の要素もあるのだろう。というより、この数値と本調査の4,200人との差の大部分は、おそらく、生存している事が分かっている身柄拘束か強制労働のケースを含んでいるためであろう。

Among the 13,530 applicant families investigated during March by the Committee's Rehabilitation Commission, there were reported men taken away equivalent to almost 20 per cent of all males of 16-50 years of age.That would mean for the whole city population 10,860 men.

There may well be an element of exaggeration in the statements of applicants for relief; but the majority of the difference between this figure and the 4,200 of the survey report is probably due to the inclusion of cases of detention or forced labor which the men are known to have survived.



また、【暴力による幼児の死亡が少なからず発生していたのに記録されていない】についても、実際に埋葬活動記録を確認すれば、【子供の埋葬遺体数の少なさ】が容易に判明していたはずです。暴行による犠牲者数の調査結果に大きな誤差を発生させる事はあり得ません。



日本軍は【南京の不幸な女性・子供】に対して【無差別・大量殺害】を行ってはいなかった


----- 世界紅卍字会南京分会埋葬表(※女・子供埋葬分) -----

 日付  子供 備考 埋葬地点
 1937年12月22日 9人 ----- 城内各処で収容 中華門外望江磯
 1937年12月22日 11人 ----- 城内各処で収容 中華門外高輦柏村
 1938年01月10日 2人 ----- 上新河一帯で収容 上新河里橋
 1938年01月25日 20人 3人 城内各処で収容 中華門外望江磯
 1938年01月26日 1人 ----- 西橋塘内で収容 金陵大学農場
 1938年02月02日 2人 ----- 漢字路一帯で収容 五台山荒山
 1938年02月07日 ----- 2人 西倉壙内で収容 韓家巷西倉山上
 1938年02月09日 1人 ----- 水西門外各処で収容 水西門外南傘巷
 1938年02月11日 ----- 4人 上海路一帯で収容 五台山荒山
 1938年02月11日 1人 ----- 漢西門外一帯で収容 漢西門外広東公墓
 1938年02月14日 2人 ----- 古林寺山で収容 古林寺山上
 1938年02月19日 2人 20人 市北部各地で収容 陰陽営南秀村
 1938年02月22日 1人 30人 市北部各地で収容 古林寺後山
 1938年07月31日 5人 1人 城内各処で収容 中華門外普徳寺山上
 1938年08月31日 4人 ----- 城内各処で収容 中華門外普徳寺山上
 1938年09月30日 8人 9人 城内各処で収容 中華門外普徳寺
 1938年10月30日 13人 7人 城内各処で収容 中華門外普徳寺
 合計 82人 76人
女性・子供の埋葬遺体数合計 … 158人
全埋葬遺体数 … 43,125人

(※『南京事件資料集 中国関係資料編』から抜粋)


61 南京市衛生局埋葬隊

昭和十三年南京自治委員会成立と同時に公共衛生の維持及社会慈善事業として市衛生局(当時衛生組)の管掌下に掩埋隊を組織し、隊員(人夫)十六名、毎月経費(総て人件費)二百八十八元を以て南京市に於ける屍体、露棺の、埋葬、火葬、並に墓地の修理、施棺等に従事せしめ今日に及んだものにして、創立以来今日迄の工作状況並に現在状況次表の如し。

(※【孩】 ⇒ 乳飲み子。あかご。 --- コトバンクから引用)


 年別屍棺 男屍 女屍 孩屍
 二十七年(一月至四月) 8,795 136 185
 二十七年(五月至十二月) 171 10 20
 共計 8,966 146 205
女屍・孩屍を合わせたの埋葬遺体数の合計 … 351人
全埋葬遺体数の合計 … 9,317人

(※上記表は南京特務機関調製『南京市政概況 昭和十七年三月』から抜粋)

(※『南京事件資料集 中国関係資料編』から引用)



従いまして、下記の【差数】を埋める根拠とはなり得ないのです。



【スマイス報告(※家族調査)】で算出された日本軍の【暴行】による市民犠牲者数【2,400人】

【スマイス報告】で述べられている埋葬記録から推定された【暴行】による市民犠牲者数【12,000人】



【スマイス報告(※家族調査)】では、【拉致された者4,200人】との算出結果が出されていました。また、この【拉致された者4,200人】については、【その大半が早い時期に殺害された】との見解が付言されていました。



『スマイス報告』

"WAR DAMAGE IN THE NANKING AREA" December, 1937 to March, 1938
URBAN AND RURAL SURVEYS By Dr. Lewis S. C. Smythe

2. 戦争行為による死傷
死傷者数および原因

以上に報告された死傷者に加えて、4200人が軍隊に拉致された。臨時の荷役に就いた者、あるいはその他軍の労役のために徴発された者については、ほとんど報告されていない。6月までに、ここに述べている拉致されたもの内、わずかな者についてはその消息を聞いた。それ以外の者達の大半の運命は、早い時期に殺されたものと考える理由がある。[注3]

注3 - 「拉致」の深刻さは、拉致された者としてリストに上げられた者が全員が男子だった事実により明確にされている。

2. DEATHS AND INJURIES DUE TO HOSTILITIES
Number and Cause

In addition to those reported killed and injured, 4,200 were taken away under military arrest. Persons seized for temporary carrying or other military labor were seldom so reported. Very few of those here mentioned were heard from in any way up to June. The fate of others gives reason to think that most of them were killed early in the period.[3]

[3].The seriousness of "taking away" is underlined by the fact that all so listed are males.



--- 『スマイス報告(=家族調査)』における南京の不幸な市民の犠牲者数算出結果 ---

 原因 犠牲者数
 軍事行動による死者 (Deaths by Military operations) 850人
 兵士の暴行による死者 (Deaths by Soldiers' violence) 2400人
 原因不明の死者 (Deaths by Unknown) 150人
 拉致された者 (Taken away) 4200人
 合計 7600人


これも前項で指摘したのですが、本報告書では、上記の【拉致された者4,200人】については、【数値は明らかに不完全である】との認識が示されていました。その原因は、調査を開始した時点では【拉致された者(=Taken away)】が想定されておらず、【事情(=Circumstances)】の欄にチェックされたためでした。



【拉致された者(=Taken away)】が調査当初は【事情(=Circumstances)】の欄に集計されていた


『スマイス報告』

"WAR DAMAGE IN THE NANKING AREA" December, 1937 to March, 1938
URBAN AND RURAL SURVEYS By Dr. Lewis S. C. Smythe

2. 戦闘による死傷者

数と原因
拉致された者の数値は明らかに不完全である。事実、最初の調査一覧表においては、彼らは死傷者のトピック欄の見出し『事情』の中に記載された。調査の計画段階では必要とされていなかったか、予想されていなかったのだ。

2. DEATHS AND INJURIES DUE TO HOSTILITIES

Number and Cause
The figures for persons taken away are undoubtedly incomplete. Indeed, upon the original survey schedules, they were written in under the heading "Circumstances," within the topic of deaths and injuries; and were not called for or expected in the planning of the Survey.



本報告書では、【事情(=Circumstances)】の算出結果は、下表の【原因不明(=Unknown)】の欄に記載されたと考えられます。

(※【出来事=Military operations】【戦争行為=Solders' violence】【拉致=Taken away】は、それぞれの算出欄が確認できます。従いまして、【事情(=Circumstances)】は、残り一つの【原因不明(=Unknown)】の欄という事になります。)



南京市民犠牲者数


つまり、【拉致された者】の人数は、最大限に見積もっても【150人+250人+4,200人=4,600人】にしかならないのです。調査結果に与える影響は僅かです。

また、誇張が認められる救済委員会による調査では、【拉致された者10,860人】との見解を出していますが、【スマイス報告(※家族調査)】による算出結果【拉致された者4,200人】との差の大部分は、【生存している事が分かっている身柄拘束か強制労働のケース】としています。本報告書では、【拉致された者4,200人が少ない】等とした見解は一切述べられていないのです。



スマイス報告では【拉致された者4,200人】が少ないとした見解等は【一切述べられていない】


『スマイス報告』

"WAR DAMAGE IN THE NANKING AREA" December, 1937 to March, 1938
URBAN AND RURAL SURVEYS By Dr. Lewis S. C. Smythe

2. 戦闘による死傷
救済委員会の復興委員会により3月中に調査された13,530の申込家族の内、拉致されたと報告された男性は、16〜50歳までの全男性のほぼ20%に相当した。これは全市人口で10,860人の男性に当たる事を意味するだろう。

救済のための申込みの陳述には誇張の要素もあるのだろう。というより、この数値と本調査の4,200人との差の大部分は、おそらく、生存している事が分かっている身柄拘束か強制労働のケースを含んでいるためであろう。

2. DEATHS AND INJURIES DUE TO HOSTILITIES
Among the 13,530 applicant families investigated during March by the Committee's Rehabilitation Commission, there were reported men taken away equivalent to almost 20 per cent of all males of 16-50 years of age.That would mean for the whole city population 10,860 men.

There may well be an element of exaggeration in the statements of applicants for relief; but the majority of the difference between this figure and the 4,200 of the survey report is probably due to the inclusion of cases of detention or forced labor which the men are known to have survived.



従いまして、【拉致された者4,200人】を全て暴行による犠牲者の中に含めたとしても、下記【差数】の辻褄を合わせる事はできません。



【スマイス報告(※家族調査)】で算出された日本軍の【暴行】による市民犠牲者数【2,400人】

【スマイス報告】で述べられている埋葬記録から推定された【暴行】による市民犠牲者数【12,000人】


【スマイス報告(※家族調査)】で算出された日本軍の【暴行・拉致】による市民犠牲者数【6,600人】

【スマイス報告】で述べられている埋葬記録から推定された【暴行】による市民犠牲者数【12,000人】


上記より、【5,400から9,600人】の暴行による犠牲者の【発生原因が不明】のままなのです。



【5,400から9,600人】もの【暴行】による南京の不幸な市民の犠牲者の【発生原因が不明】のまま


次項も引き続き、【5,400から9,600人】の暴行による犠牲者について考えてみたいと思います。




--【第29項】 『スマイス報告』の問題点 【前編】--

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